中小企業にとって、従業員のモチベーション向上や優秀な人材の確保は、経営の重要課題となっています。その対策のひとつとして注目されているのが「退職金積立制度」です。福利厚生の強化だけでなく、税制優遇や採用力向上といったメリットも期待できることから、導入を検討する企業が増えています。
本記事では、退職金積立制度の基本的な仕組みから代表的な制度の種類、導入によるメリット・デメリットまでをわかりやすく解説します。自社に合った制度を設計するためのポイントも紹介しているので、制度導入の判断材料としてご活用ください。
退職金積立制度とは

退職金積立制度とは、従業員が退職する際に企業が支給する退職金を、あらかじめ計画的に準備しておく仕組みのことです。退職金の支給額は数百万円から数千万円にのぼることもあり、企業にとっては財務的な負担となり得ます。こうした支出を安定的に行うには、積立制度の導入が有効です。
従業員にとって退職金は、退職後の生活を支える重要な資金源となります。それと同時に、企業側にとっても退職金制度は「優秀な人材の確保」や「従業員の定着」を後押しする、強力な福利厚生のひとつと言えるでしょう。
企業と従業員双方にとってメリットがある点から、中小企業を中心に退職金積立制度を「人材投資」と捉え、導入する動きが広がっています。
内部積立と外部積立の違い
退職金の積み立て方法は、大きく「内部積立(社内積立)」と「外部積立」の2種類です。それぞれ、企業の財務状況や管理体制に合わせたメリット・デメリットが存在します。
内部積立
内部積立は、企業が自社で退職金資金を管理・積み立てする方法です。具体的には、社内預金や帳簿上の積立金として計上し、資金を保管します。
内部積立のメリットは、資金の使途や運用の自由度が高いこと。一方で、積立金が企業の運転資金と混在しやすく、業績が悪化した際に退職金の支払いが困難になるなどのリスクもあります。
また、従業員にとっては資金の実態が見えづらく、不安を感じる可能性もあるかもしれません。そのため、積み立て状況の開示や財務の健全性に関する情報提供などを行うのが良いでしょう。
外部積立
外部積立は、退職金資金を中小企業退職金共済(中退共)や特定退職金共済(特退共)、生命保険会社、信託銀行などの外部機関を通じて積み立てていく方法です。
最大の特長は、積立金が企業外で独立して管理されるため業績の影響を受けにくく、退職金を確保しやすい点です。従業員にとっても、制度の信頼性や将来の備えとしての安心感を得やすい仕組みと言えます。
さらに、外部積立の多くは税制優遇措置の対象となっており、活用することは企業の財務負担軽減にもつながります。
退職金積立制度の選択肢

退職金積立制度にはさまざまな種類があり、それぞれ仕組みやメリットが異なります。自社の経営状況、従業員の属性、制度導入の目的(人材確保・離職防止など)に応じて、最適な制度を選ぶことが重要です。
ここでは、中小企業におすすめの代表的な積立制度を紹介します。
中小企業退職金共済(中退共)
中小企業退職金共済(中退共)は、独立行政法人勤労者退職金共済機構が運営する退職金制度です。自社単独で制度を構築するのが難しい中小企業向けに、国の支援を受けながら手軽に導入できる仕組みとなっています。
掛金は従業員ごとに、月額5,000円から30,000円までの16種類から選べます。短時間労働者(パート・アルバイト)向けには2,000円~4,000円の特例掛金も用意されています。
掛金はすべて事業主負担。全額損金算入が可能なため、法人税の軽減効果もあります。さらに、新規加入や掛金増額の際には国から助成金を受けられる制度もあります。
掛金の管理・運用から退職金の支払いまですべて中退共が対応するため、企業側の事務負担が少ない点も魅力です。退職金は従業員に直接支払われ、企業が支払い事務を行う必要はありません。
特定退職金共済(特退共)
特定退職金共済(特退共)は、商工会議所や法人会など、所得税法施行令で定められた「特定退職金共済団体」が運営する外部積立型の退職金制度です。地域に根ざした団体が運営することから、地域の中小企業にとって身近な選択肢となっています。
中退共と仕組みは似ていますが、制度の内容は団体ごとに異なり、掛金の設定や給付条件、加入対象者、保障内容などに違いがある点には注意が必要です。なかには生命保険会社と連携して制度運営を行っているケースもあります。
企業が負担する掛金は中退共と同様に全額損金算入が可能で、税制面のメリットを享受できます。また、死亡退職時の一時金など、より手厚い保障を備えている団体も存在します。
確定給付企業年金(DB)
確定給付企業年金(Defined Benefit Plan)は、将来受け取る年金額があらかじめ決まっている制度です。企業が掛金を拠出し、資産を積み立てて運用します。給付額は企業が保証し、従業員の在職年数や給与額などに基づいて算出されます。
積み立てられた年金資産は、信託銀行や生命保険会社などの外部機関が管理・運用します。企業の資産とは分離されることから、倒産リスクにも備えられます。
従業員にとっては将来の給付額が明確で、安心して老後の生活設計を立てられる点がメリットです。ただし、企業側は運用実績にかかわらず、約束した給付を実施する責任を負わなければならず、運用が不調だった場合には追加拠出が必要になることもあります。
企業型確定拠出年金(DC)
企業型確定拠出年金(Defined Contribution Plan)は、企業が毎月一定の掛金を拠出し、その掛金を従業員自身が運用する制度です。運用商品は企業が契約する運営管理機関によって異なり、従業員はライフプランやリスク許容度に応じて商品を選びます。
最大の特徴は、運用結果に応じて将来の退職金額が変動する点です。企業は拠出のみを行い、最終的な給付額に対して責任を負わないため、財務リスクを抑えられます。
また、運用益が非課税となる税制優遇もあり、効率的な資産形成が可能です。中小企業にとっても導入しやすく、制度を通じて従業員の金融リテラシーを高める効果も期待できるでしょう。ただし、従業員が運用リスクを負うため、企業側には適切な投資教育の実施が求められます。
退職金積立制度導入のメリット

退職金積立制度の導入は単なる福利厚生の充実にとどまらず、人材戦略や財務戦略においても多くのメリットをもたらします。
以下では、とくに中小企業にとって重要な3つのメリットを詳しく解説します。
税制優遇を活用できる
中小企業退職金共済(中退共)、特定退職金共済(特退共)、確定給付企業年金(DB)、企業型確定拠出年金(DC)などの外部積立型の退職金制度では、企業が支払う掛金を「損金」として全額計上できます。
損金算入による課税所得の減少で節税効果が得られるため、浮いた資金を他の事業投資や従業員への還元に回すことが可能になります。企業の資金効率を高めるうえでも、有効な手段と言えるでしょう。
また、従業員が退職金を受け取る際にも所得税法上の優遇措置が設けられています。例えば、一時金として受け取る場合は「退職所得控除」、年金形式で受け取る場合は「公的年金等控除」が適用され、いずれも税負担が軽減されます。
従業員のモチベーション向上
退職金制度があることで、従業員は退職後の生活に対する不安が軽減され、将来の生活設計がしやすくなります。勤続年数が長いほど退職金額が増える仕組みであれば、企業への定着意欲や仕事へのモチベーション向上が期待できるでしょう。
「長く勤めれば、その分だけしっかりとした報酬が得られる」という安心感は、従業員のエンゲージメントを高める重要な要素です。勤労者退職金共済機構の調査によると、退職金制度の導入によって「従業員の定着率やモチベーションが向上した」と回答した企業は35.3%にのぼっています。
※ 参考:勤労者退職金救済機構「加入企業の実際に関する調査報告書」
優秀な人材を確保しやすい
近年の採用市場では、求職者が企業を選ぶ際に給与水準だけでなく福利厚生の充実も重視する傾向が強まっています。その点で退職金制度は、企業の安定性や従業員への配慮を示す指標となります。
とくに中小企業は、大企業と比較して給与やブランド力での競争力が弱い傾向にあるため、退職金制度を整備することで企業価値が高まり、優秀な人材の確保につながりやすくなります。
東京商工リサーチの調査(2024年)によると、人材確保のための施策として「休暇日数の増加」や「テレワークの導入」といった福利厚生の改善を行う中小企業が増えています。退職金制度も重要な福利厚生の1つとして、採用競争力を高める有力な手段と言えるでしょう。
※ 参考:東京商工リサーチ「2024年企業の『人材確保・退職代行』に関するアンケート調査」
退職金積立制度のデメリット

退職金積立制度には多くのメリットがある一方で、導入にあたっては慎重な検討が必要です。制度の選定や運用方法によっては、企業の財務や業務負担に影響を及ぼす可能性もあります。想定されるデメリットを理解し、適切な対処でリスクを最小限に抑えましょう。
業績悪化時にも支払いが生じる
確定給付企業年金(DB)のように、企業が退職金の給付額を保証する制度では、企業は将来の支払いに対して責任を負わなければなりません。仮に運用成績が悪化した場合でも約束した金額を支払う必要があるため、企業の財務を圧迫する可能性があります。
また、内部積立型の制度では、退職金の積立金が経営資金と明確に分離されていないケースもあります。その結果、積立金が企業の運転資金として流用されてしまうリスクがあり、従業員への退職金支払いが滞る恐れもあります。企業の信用低下にもつながるため、注意が必要です。
従業員に周知する手間が必要になる
退職金積立制度を導入する際は、制度選定、規約作成、運営機関との契約など、初期段階でさまざまな準備が必要です。導入後も、加入・脱退手続き、掛金の管理、運用状況の確認など、継続的な事務作業が発生します。
また、就業規則や退職金規程を新たに整備または改定し、社内ルールを明確にする必要があります。
こうした作業は直接的な費用ではないものの、既存業務の負担増や、経営者自身の時間的コストとして影響が出る可能性があります。
とくに企業型確定拠出年金(DC)のように従業員が自ら運用を行う制度では、仕組みや運用方法について従業員に正しく理解してもらうためのサポートが欠かせません。説明会の開催や資料の整備など、制度定着のためのコミュニケーションにも手間と時間がかかります。
退職金積立制度を設計する際の注意点

退職金積立制度の導入は、企業にとって大きな決断となるでしょう。企業と従業員の双方にとってメリットのある制度設計を行うには、制度設計の段階でいくつかの重要なポイントを押さえる必要があります。
ここでは、設計時にとくに意識すべき4つの注意点を紹介します。
導入の目的を明確にする
退職金制度を導入する目的は企業によってさまざまです。
例えば、「優秀な人材の確保と定着」を目的とするなら、従業員のモチベーション向上や採用力の強化につながる制度を選ぶことが重要です。一方、「退職時の一時金対策」や「税制優遇の活用」が目的であれば、財務メリットが大きい制度の導入が適しているでしょう。
目的を明確にすることで、自社に合った制度の種類(中退共、特退共、DB、DC)や積み立て方法(内部積立・外部積立)を的確に絞り込むことができます。とくに人材確保を重視する場合は、従業員が安心感を得られる外部積立型が有効です。
内部積立か外部積立かを決める
退職金の積み立て方法を内部積立にするか外部積立にするか選択する際には、企業の財務体質や、制度を管理する人的リソースの有無が影響します。
内部積立は自由度が高く柔軟な運用が可能ですが、企業の業績によって積立資金が不安定になったり、資金管理の負担が重くなったりするリスクがあります。
一方の外部積立は、外部機関に資金を預けて運用するため資金の保全性が高く、従業員にとっても制度への信頼感を得やすいのが特徴です。中小企業の多くは、財務リスクの分散と管理負担の軽減を理由に、外部積立を選択する傾向があります。
制度の導入にあたっては、将来の支払い能力や従業員の安心感も含めた多角的な視点で検討しましょう。
制度導入後の管理に工数を割けるか
退職金制度は「導入して終わり」ではなく、その後の運用においても継続的な関与が必要です。従業員の入退社に伴う加入・脱退手続きや掛金の納付、制度内容の見直しなど、日常的な事務作業が発生するからです。
制度を円滑に運用するためには、誰が担当するか、どのような業務フローで対応するかを導入前に明確に決めておく必要があります。リソースに限りがある中小企業では、社会保険労務士や共済機構などの外部サポートを活用するのもひとつの方法です。
長期的な視点で制度設計をする
退職金制度は短期的な効果だけでなく、5年後・10年後、あるいはそれ以上の長期にわたり企業と従業員に影響を及ぼす制度です。制度を構築する際は、短期的なメリットだけでなく、将来の成長や変化も見据えた「拡張可能な設計」を意識しましょう。
例えば、中小企業であれば従業員数の増加や異なる世代のニーズへの対応などに備え、制度の拡張性や運用の柔軟性を確保しておくと安心です。制度の見直しがしやすい仕組みを取り入れておくことも、長期的な安定運用にとって大切と言えます。
まとめ
退職金積立制度は、企業にとっての税制優遇や財務戦略の一環であると同時に、従業員にとっての安心材料となる重要な福利厚生です。とくに中小企業にとっては、採用や従業員エンゲージメント向上の有力な手段となるでしょう。
数ある制度の中から最適なものを選ぶには、まず導入の目的を明確にし、企業の財務状況や運用体制を総合的に判断することが大切です。本記事を参考に、自社と従業員の双方にとってメリットのある退職金制度の導入を検討してみてください。
退職金積立制度の導入を検討されている方は、以下の資料をご活用ください。
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