企業型確定拠出年金(企業型DC)に加入している従業員が退職した場合、企業は複数の手続きが求められます。具体的には、資格喪失届の提出や資産移換の案内などです。
これらの手続きに対応漏れがあると、誤った拠出の継続や掛金の還付、資産の自動移換が発生し、企業と従業員双方に不利益が生じるおそれがあります。
さらに、2026年4月の法改正により自動移換に関する説明義務は「退職後」ではなく、資格喪失が見込まれる段階の「退職前」へと前倒しされたため、従来よりも計画的かつ適切な実務対応が求められています。
そこで本記事では、企業型DCの退職時対応に関する手続きの全体フロー・期限・留意点を整理し、実務での手続きが適切に行えるよう分かりやすく解説します。
なお、企業型DCの導入を検討している企業・事業主の方は、以下の導入準備ガイドブックもあわせてご活用ください。制度設計から運用まで、実務に必要なポイントを体系的に整理しています。
退職時に企業側が行うべき手続きの全体像

企業型DCを導入している企業では、従業員の退職時に複数の手続きを行う必要があります。
ここでは、対応の全体フローと期限、2026年4月施行の法改正による変更点を整理して解説します。
退職時の手続きの全体フロー
企業型DCに関する退職時の手続きは、以下の流れで進めるのが基本です。
- 退職前の移換案内
- 加入者資格喪失届の提出
- 掛金・加入者掛金の停止確認
- 退職者による移換手続きの状況確認
なお、事業主返還の規定が設けられている企業の場合は、「3, 掛金・加入者掛金の停止確認」の後に「事業主返還の有無」も併せて確認します。
また、退職時の手続きにおいて、事業主が行う主な対応は以下のとおりです。
| 手続き内容 | 主な対応 |
|---|---|
| 移換案内 | 退職予定者に対し、iDeCoや転職先の企業型DCへの移換方法を説明 |
| 加入者資格喪失届の提出 | 記録関連運営管理機関に企業型DCの加入者資格喪失に関する情報を通知 |
| 加入者情報の通知 | 運営管理機関に退職者の最終情報を連絡 |
移換案内は、2026年4月施行の法改正により、退職前での実施が求められています。
企業型DCの加入者資格喪失届については、記録関連運営管理機関へ提出します。厚生年金保険の資格喪失届を日本年金機構へ提出する手続きとは異なるため、提出先の違いには注意が必要です。
最後に、運営管理機関へ退職者の最終情報を連絡します。これにより、事業主側で必要な手続きは完了となります。
各手続きの対応期限の目安
企業型DCの資格喪失手続きにおける具体的な期日は、以下のとおりです。
■ 加入者資格喪失届の提出(事業主):
退職日の月末まで(※)
■ 移換手続き期限(従業員):
資格喪失日(退職日の翌日)の翌月から起算して6ヶ月以内(確定拠出年金法第83条)
※ SBIベネフィット・システムズの場合。運営管理機関により異なるので確認するようにしてください。
以上に記載されている資格喪失の手続きが適切に行われない場合、誤った拠出が継続してしまいます。
もし誤った拠出となった場合、事業主は掛金の返還対応が発生するほか、従業員も資産の移換ができないなどの不利益が生じる可能性があるため注意が必要です。
なお、従業員が6ヶ月以内に手続きを行わない場合、資産は国民年金基金連合会へ自動移換されます。自動移換されると、一時的に運用されない状態となり、手数料も発生します。
2026年4月施行の法改正による変更点
2026年4月1日より、自動移換に関する事業主の説明時期が以下のように見直されました。
<改正前>
加入者が資格を喪失したとき、または企業型DCが終了したとき
<改正後>
加入者の資格喪失が見込まれるとき、または企業型DCを終了しようとするとき
※ 参考:厚生労働省「2025年の制度改正」
改正前は資格喪失後または制度終了後の説明とされていましたが、改正後は資格喪失前での説明が必要となり、実質的に従業員への説明時期が前倒しされています。
そのため、事業主はiDeCoや転職先の企業型DCへの移換手続きについて、退職前に説明できる体制を整備しなければいけません。
なお、この見直しでは退職後に資産が放置されるリスクの未然防止につながるため、従業員による移換手続きの促進が期待されます。
退職時に加入者資格を喪失するタイミング

企業型DCにおける加入者資格喪失日は、退職日の翌日です。具体例は以下のとおりです。
| 退職日 | 加入者資格喪失日 | 最終加入月 | 掛金の拠出月 |
|---|---|---|---|
| 3月15日 | 3月16日 | 2月 | 3月 |
| 3月31日 | 4月1日 | 3月 | 4月 |
ここで注意したいのは、月中退職と月末退職では、加入者資格喪失日の月が異なる点です。
企業型DCは日割り計算を原則行わないため、加入者資格喪失日が属する月によって最終加入月が決まります。
上表の例では、3月16日に加入者資格を喪失した場合は2月、4月1日に加入者資格を喪失した場合は3月と、最終加入月に1ヶ月の差が生じます。
なお、この1ヶ月の差は、掛金の最終拠出月にも影響します。企業型DCの掛金は、加入月の翌月に拠出されるため、退職時の最終拠出月は最終加入月の翌月となります。
<最終拠出月の具体例>
■ 加入者資格喪失日が3月16日の場合:
最終加入月である2月分の掛金が翌月3月に拠出される
■ 加入者資格喪失日が4月1日の場合:
最終加入月である3月分の掛金が翌月4月に拠出される
事業主がこの違いを誤って処理すると、あとから返還や修正対応が必要になる可能性があります。そのため、掛金の拠出を停止するタイミングについて、あらかじめ整理しておくことが重要です。
事業主返還(ベスティング)の条件や算定方法

従業員が短期間で退職した場合、拠出した掛金が事業主に返還されることがあります。この仕組みを事業主返還(ベスティング)と言います。
以下では、事業主返還が適用される条件や対象外となるケース、返還額の算定方法を整理します。
事業主返還は勤続年数が最長3年未満の退職時に限定される
事業主返還は勤続年数が最長3年未満(※)であり、かつ自己都合退職、諭旨退職、懲戒解雇のいずれかにより退職した場合に適用されることがあります。
ここでいう勤続年数は、企業型DCの加入期間ではなく、事業主に使用された雇用期間である点には注意が必要です。
例えば、雇用期間3年以上である従業員の在籍中に企業型DCを導入し、加入期間が1年しか経過していない場合は返還対象になりません。また、休職期間も雇用期間に含まれます。
なお、事業主返還を行う場合は、企業型DCの規約にあらかじめ定めておく必要があります。
※ 規約によっては3年未満より短い場合もあります
3年未満でも事業主返還の対象外となるケースがある
勤続年数が3年未満であっても、一定の条件に該当する場合は、確定拠出年金法施行令第2条に基づき事業主返還の対象外となります。
対象外となる主なケースは、以下のとおりです。
- 死亡による資格喪失
- 障害給付金の受給権を有する場合
- 60歳到達など、年齢到達による資格喪失
- 企業型DCの廃止による資格喪失
- 規約変更により加入者資格を喪失した場合
※ 参考:厚生労働省「確定拠出年金法施行令」
上記のように「死亡」「障害」「年齢到達」「制度廃止や規約変更などの会社都合」などによる資格喪失は、勤続年数が3年未満でも事業主返還の対象外となります。
なお、年齢到達と退職が同時期に発生するなど、資格喪失事由が重なるケースでは、どの事由を優先するかによって判断が分かれます。
このような場合は、自社の企業型DC規約に基づき、適用すべき資格喪失事由を整理したうえで、優先するべき事由を判断する必要があります。
返還対象は事業主掛金分のみで運用益や加入者掛金などは対象外
返還の対象となるのは、加入者ごとに管理されている資産(個人別管理資産)のうち、事業主掛金を原資とする部分に限られます。
運用益や加入者掛金(マッチング拠出分)は返還の対象に含まれません。退職金制度から移行した制度移換金や、他の確定拠出年金からの移換資産も返還の対象外です。
また、事業主返還額は、以下の2つを比較して少ない方となります。
- 個人別管理資産のうち事業主掛金を原資とする部分
- 事業主掛金の累計額
なお、運用損が発生し、事業主返還額が事業主掛金の累計額を下回る場合でも、その不足分が補填されることはありません。
個人別管理資産の移換案内

企業型DCで積み立てた個人別管理資産は、退職者本人の意思により、退職後6ヶ月以内に移換手続きを行う必要があります。
ここでは、移換先の種類、自動移換となる場合の注意点、移換案内する際のポイントについて解説します。
移換先は本人の状況に応じて決まる
退職後の個人別管理資産は、今後の働き方や転職先の年金制度の有無によって移換先が決まります。
主な移換先は次のとおりです。
| 移換先 | 主な対象者 |
|---|---|
| 転職先の企業型DC | 転職先に企業型DCがあり加入資格を満たす場合 |
| iDeCo(個人型確定拠出年金) | 転職先に企業型DCがない場合 (自営業者・専業主婦(夫)など) |
| 確定給付企業年金(DB) | 転職先にDB制度があり、資産の移換が可能な場合 |
| 通算企業年金(企業年金連合会) | 上記いずれの移換先にも当てはまらない場合 |
また、一定の要件を満たす場合に限り、脱退一時金として現金で受け取れる場合があります。
ただし要件は厳しく、企業型DCは原則として60歳まで引き出せない制度です。
そのため、通常の退職金のように退職後すぐに現金化できる制度ではない点について、事業主から従業員へ事前に説明する必要があります。
移換手続きの期限は6ヶ月、放置すると自動移換となる
移換手続きの期限は、加入者資格喪失日(退職日の翌日)の翌月から起算して6ヶ月以内です(確定拠出年金法第83条)。
期限を過ぎると資産は国民年金基金連合会へ自動移換され、以下のような不利益が発生します。
- 資産が現金化され、その後は運用ができない
- 自動移換から4ヶ月後より管理手数料が継続して発生する
- 自動移換期間は通算加入者等期間に算入されず、老齢給付金の受給開始が遅れる可能性がある
- 特定運営管理機関手数料などが資産から差し引かれる
※ 参考:厚生労働省「内閣 確定拠出年金法施行令」
2026年4月時点では、自動移換時に特定運営管理機関手数料3,300円と国民年金基金連合会手数料1,048円(※)がかかります。
また、自動移換から4ヶ月経過後は管理手数料98円/月が発生し、年1回まとめて個人別管理資産から差し引かれます。
これらの手数料は退職者の老後資産が目減りする要因となるため、事業主から従業員に対し、自動移換のデメリットとして伝えることが重要です。
※ 参考:国民年金基金連合会「自動移換にかかる手数料改定のお知らせ」
企業側は退職前に選択肢と期限を漏れなく案内する
2026年4月の法改正により、自動移換に関する事業主の説明時期は「資格喪失が見込まれる時点」と義務付けられました。
そのため、移換先・期限・自動移換のリスクなどを伝えるタイミングは、従業員が退職する前になります。
また、自動移換について説明する際は、口頭説明だけでなく書面でのチェックリスト配布や、運営管理機関が提供する案内資料などを活用するとスムーズです。
そのほか、転職先に企業型DCやDBがある場合は、転職先の担当者に確認することも放置防止の有効な手段です。
加入者掛金(マッチング拠出)がある場合の追加対応

マッチング拠出を導入している企業では、退職時に加入者掛金の取扱いについても考慮する必要があります。
返還処理の対象範囲と給与控除の停止について、担当者が押さえておくべきポイントを整理します。
加入者掛金は事業主返還の対象外で本人資産として残る
確定拠出年金法第3条第3項第10号により、返還できるのは事業主が拠出した掛金から生じた個人別管理資産部分に限られています。
そのため、加入者掛金(マッチング拠出分)とその運用益は、事業主返還の対象には含まれません。
具体例を挙げると、以下のとおりです。
<毎月の拠出額20,000円、そのうち加入者掛金が5,000円の場合>
月5,000円の加入者掛金 × 12ヶ月 = 年間60,000円の加入者掛金となり、加入者掛金分の運用益は加入者本人の資産として残る
事業主返還の対象となるのは、個人別管理資産から加入者掛金部分を差し引いた残額になります。
加入者掛金分に関しては、退職者の個人別管理資産として移換または受給の対象になります。
給与控除は原則最終の加入月で停止して精算する
加入者掛金は毎月の給与から控除されるため、控除停止のタイミングを正確に管理する必要があります。
なお、加入者掛金の給与控除も事業主掛金と同じく月単位で扱い、最終拠出分まで控除するのが原則です。
例えば3月31日退職(資格喪失日:4月1日)の場合、最終加入月が3月となるため、加入者掛金は3月分まで控除対象になります。
一方、3月15日退職(資格喪失日:3月16日)の場合、最終加入月は2月となるため、加入者掛金も2月分まで控除対象となります。
ただし、給与控除月は、給与支給日や控除方法によって異なるため、処理する際は給与計算担当者と運営管理機関の事務スケジュールの確認が必要です。
控除のタイミングを誤ると、退職後に過剰控除分を本人へ還付するなどの追加事務が発生します。
賃金控除に関する労使協定との整合性も含めて、給与計算担当と連携しながら処理を進めましょう。
まとめ
従業員の退職時、企業型DCでは資格喪失届の提出、事業主返還の手続き、移換案内など複数の実務対応が発生します。
とくに2026年4月の法改正により、自動移換に関する事業主の説明時期が、資格喪失が見込まれる時点となった点には注意が必要です。
従業員が退職する前に、移換先や手続き期限、自動移換の不利益などを具体的に案内できるよう事前に準備することが求められます。
また、事業主や企業型DCの担当者が制度全体を理解しておくことは、従業員の老後資産形成を支えるうえでも欠かせません。
企業型DCの制度設計から運用までを体系的に押さえたい方は、以下のガイドブックもあわせてご活用ください。
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